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2010年5月

2010年5月19日 (水)

大相撲夏場所

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今日は両国の国技館まで相撲を見に行ってまいりました
実は、相撲を見るのは初めての経験
行く前から、凄く楽しみにしておりました

今回、まず驚かされたのは、会場にいる外国人の方の多さ
日本人と半々と言っても過言ではないでしょう
日本を代表する観光スポットの一つになっているようです

さて、今回相撲を見に行くきっかけを与えてくださったのは、最近お世話になっているお茶屋さんの女将

相撲とお茶屋
相撲茶屋というのをみなさんご存知でしょうか?
枡席のチケットの販売から、お弁当や飲み物の世話をしてくれる場所
国技館の枡席というのは、大部分がお茶屋さんの持ちものなのだそうです

今回お世話になった、長谷川家
真正面の非常に見やすいお席をご用意いただきました

相撲

テレビでは何度も見たことがあったのですが
その迫力はやはり凄いものがありました

力士の方々、大きいんですよ
そして、近い
彼らの表情や筋肉の動きなど、感動するものがありました

ところどころで見られる神聖な空気感も良かったですね
日本の文化の幅の広さを実感いたしました

外国の方が沢山見に行くだけのことはあります
日本人だったら一生に一度位は見ておいても良いかもしれないですね

次のお休みに相撲観戦、いかがでしょうか?

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2010年5月17日 (月)

古袱紗

Image8 今日、新しい古帛紗を購入いたしました
今まで、何をするにも茶道で使っていた古帛紗を使っていたのですが、そろそろ新調してみようかと

古帛紗(こぶくさ)
中には何のことかわからない方もいらっしゃるかもしれないので、簡単に解説

この古袱紗、茶席でお拝見や点て出しの際に用いられる小型の布のことです

流派によっては全く用いない場合もあれば、女性だけが使うなど、用途はさまざまな様です

今回新調した理由は、香道の席でも、この古袱紗を使うからなんですね
香道の組香で使う手記録紙をこの古袱紗の上に置いたりするのです
流派が違う場所で、同じものを使うのも、あまり良いことではないようで…

古袱紗、「こぶくさ」と読むのは、先に明記させていただいておりますが、俺はずっとこれが“小さな袱紗”という意味であろうと思っていたんですね
それは、袱紗(茶道で道具を拭いたり清めたりするときに使う)より小さい同じ茶道で使う布だから…

でも、実際は「小」ではなくて、それは「古」なのです

この「古」というのは、古渡という意味から来ているものなのだそうです
古渡とは、室町時代よりも前に日本へ渡ってきた珍重されたもの、という意味
主にこの古袱紗の場合は、その柄が「古」と言われるようになった由来のようです

古の貴族や公家が装束や調度品に付けたとされている有職文様や、好まれた文様が使われるのですが、これらの文様が中国や朝鮮、またはその遠くの西アジアの彼方から当時の日本に伝わって、発展していったのだとか

名前の本来の意味を知って、古袱紗を扱うと、その思いもまたより趣の深いものになりました

古の人々が何を思い、これらの道具を扱っていたのか
文化に触れる楽しみというのは、こういうところにもあるんですよね

さて、話は古袱紗

色んな素材のものがあるのですが、正式と言いますか、より格が高いものは、織物でできた古袱紗
中には染めの素材でできたものもあったりするんですよ
着物の価値観とは逆だというのが、また趣深いですよね

そして、一般的に、古袱紗には、それぞれ名前がついていたりします

この名前を付けると言うのがまた、なんと日本風なのだろう…
と思わせてくれるのでした

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2010年5月15日 (土)

御阿礼香

今日、5月15日は葵祭

京都では御所からスタートした平安時代の衣裳を着た一行が、下賀茂神社を経由して上賀茂神社まで街を練でり歩きます
京都新聞の速報では、3万人以上の人々がこの祭りを見守ったのだとか
この日記をご覧になっている方の中にも、その場にいらした方がいらっしゃるかもしれませんね

この葵祭
京都三大祭りの一つで、今まで催される京都最古のお祭りでもあります

正式名称は賀茂祭(かもさい)
賀茂御祖神社(通称:下賀茂神社)と賀茂別雷神社(通称:上賀茂神社)の例祭で、毎年今日行われています
平安時代には、国家的な行事として開催されており、平安中期の貴族の間では、祭りと言えば葵祭のことをさすほど有名な祭りになっていたとのことです
9月15日に行われる石清水八幡宮の祭りを南祭と言うのに対し、葵祭は北祭とも言われるのだとか

祭りの起源は西暦567年
風水害による不作が続き、賀茂の大噛みを敬う伊吉若日子が占うと、賀茂の神々の祟りであるとでたとのこと
そこで勅命が下り若日子が4月吉日に祭礼を行うと、風雨はおさまり、豊作になったのだそうです

祭りは、先に述べている通り、西暦819年には国家的な行事になったのですが、西暦1467年から同77年まで続いた応仁の乱で一旦中止になり、その後200年あまり後の西暦1694年に再開、今日にいたります。当初「賀茂祭」と呼ばれていた祭りは、この時から「葵祭」と呼ばれるようになったのだそうです

この葵祭の前儀として行われる阿礼と称する榊に神移しの神事を「御生」と良い、この祭りを御阿礼祭と言います

葵祭を前に、この御阿礼祭にちなんで、御阿礼香を先日行いました

御阿礼香は組香式を集大成してあり、香の百科事典とも言える「香道蘭之園」にも出ている有名な組香
第七巻六十三項にそれは出ております

証歌は藤原定家の子供である藤原為家の歌

― 葵草飾り車の景色まで けふはことなるものみとぞきく ―

源氏物語の葵の巻きから連想して歌った歌なのだとか

寸門多羅と伽羅、そして真南蛮の香りを楽しみました

葵祭から源氏物語までが繋がる香道の世界
ほんと、雅びな遊びなのでしょう
回を重ねるにつれて、香の世界にどっぷりはまる俺なのです

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